2002年5月31日 韓国・ソウル

ワールドカップスタジアム

 2002 FIFA WORLD CUP KOREA/JAPAN MATCH 1」 

フランス vs セネガル





もともと、1回ぐらいは韓国も行ってみようかな、とも思っていたし、

ワールドカップの日本開催分のチケットの入手の方が難しいと思っていたので、

ソウルでの開幕戦のチケットをオーダーした。

韓国開催分の「海外居住者向け」チケットは、

中国戦と、一部の韓国戦を除き、3月末までは容易に入手可能で、

飛行機の手配も容易であったが、

ホテルの条件が、通常期料金の約2倍(15,000円/1泊)、

キャンセル料は、20日前から100%というものであった。

ワールドカップ便乗商法なのだが、

そうでないところを探すのも面倒なので、それでOKした。 




行きの飛行機の中は、フランス代表と

日本代表のレプリカ・ユニフォーム姿の乗客であふれていた。

なぜ日本代表のユニフォーム姿なの? と、

突っ込みたい気持ちでいっぱいなのだが、

多分、いよいよワールドカップが始まる嬉しさが込み上げて

ついつい、お気に入りの姿=日本代表になってしまったのだろう、と

好意的に解釈した。

(単純に、フランス代表と日本代表のユニフォームの色が
似ているから、かもしれないが・・・)




 競技場に行く前に、郵便局に立ち寄った。

日本に出す絵ハガキ用の切手を買うためだ。

壁に貼っている見本の切手は、どれもいまひとつで、選ぶのに困っていたら、

窓口で買った地元の人の中に、ワールドカップの絵柄のものを手にしているのを発見した。

それと同じものを3シート購入し、ちょっと満足。

その後、雑貨店がたくさん立ち並ぶ南大門に行ってぶらぶらしたあと、

いよいよいワールドカップスタジアムに向かった。




 

 ソウル市内を走る地下鉄は、各駅に番号が振られていて、

ハングル語がわからずとも、迷うことがない。

4号線の24番目の駅なら、424番だ。(明洞駅)

乗り換えも問題なく、乗り越しの心配することなく、

ワールドカップスタジアム駅に着いた。










地上に出て、スタジアムへ上がるエスカレーターから降りると 

民族衣装を着た子供たちがお出迎え。

「アンニョンハセヨ〜」(こんにちは)

駆り出された子供たちも大変だろうとは思うが、

表情が明るいので、こちらも下手なくそ言い方とは自覚しているが、

「アニョハセヨ〜」









フランス語なんて無理だから、

身ぶり手ぶりで「写真を撮らせて下さい」と頼むと

そこは「王者」のサポーター、

余裕の笑みを返してくれる。

 この時、いったい誰が

「王者」フランスの敗北を予想していたであろうか・・











フランスとセネガルのサポーターが出くわした。

セネガルは、1960年にフランスの植民地支配から独立した。

有名な『パリ〜ダカール・ラリー』の自動車レースは、

フランスが起点で、セネガルが終点だ。

両サポーターが、互いを確認すると、一緒に歌を唄いだし、

ハイタッチをして別れていった。

楽しそうだね。

見ているこちらもワクワクしてしまう。











スタジアムの中で、


  開会式のイベントの「盛り上げ役」の若者たちはとても気さくだった。 









オープニング・セレモニーは、なかなか華麗だった。

オリンピックなどを見ていると

開会式なんて見るもんじゃない、なんて思うのだが、

なかなかどうして。

色彩鮮やかだし、スタジアムの屋根から花火を打ち上げるなど迫力もあり、

飽きることなく見続けられた。

もっとも、早くフランス代表を拝みたい人には、

とても苦痛な時間だったかもしれないけどね。





 Kick Off !







誰もがワールドカップの主役になると期待していた

ジネディーヌ・ジタンを怪我で欠いたフランスが

まさかの敗戦。

スタンドの観客も、最初こそセネガルの“善戦”に好意的であったが、

試合の残り時間が10分を切った頃になると、ざわめき始め、

ついには21世紀最初の“番狂わせ”を目撃することとなった。

「ジタンが欠場するなら、いっそのことセネガルが勝った方が面白い」

ひねくれ者の私の期待した通りの展開に

ざわめくスタンドの中でひとりほくそ笑み、

ドキドキしながら

終了の笛を待った。




(ゴールの直後、コーナーで喜びのダンスをするセネガルの選手たち)








(翌日の『東亜日報』紙の1面)

 

 

Result:France (0-1) Senegal

21世紀最初の番狂わせ